伊達文化継承

響き合うひと・自然・歴史。
伊達な志で、洗練のまちへ。

今年4月、「政宗が育んだ〝伊達〟な文化」が文化庁により日本遺産に認定された。
また、それに先立つ地下鉄東西線の開業で、広瀬川を挟んだ大町・青葉山周辺が新たな光を放ちはじめた。政宗公が築いたまちと文化は、どう受け継がれ、どう洗練されるべきか。
杜の都はじまりの地で、これからのまちづくりを考えたい。

政宗が育んだ〝伊達〟な文化
今年4月、文化庁は、仙台・宮城の歴史文化遺産を、わが国の文化・伝統を象徴するものとして平成28年度の『日本遺産(Japan Heritage)』に認定した。認定ストーリーは、「伊達家で育まれた伝統的な文化を土台に、桃山文化の豪華絢爛(けんらん)さや粋な斬新さなどを持つ新しい文化を、仙台の地に華開かせた」というもので、「政宗が育んだ〝伊達〟な文化」と名付けられた。

企画・制作/河北新報社 営業局

  • 【コーディネーター】NPO法人 都市デザインワークス代表理事 榊原 進氏

    【コーディネーター】

    NPO法人
    都市デザインワークス代表理事

    榊原 進

  • 三井不動産レジデンシャル株式会社 東北支店長 伊藤 昇氏

    まちの発展のため、
    駅周辺と対峙する
    賑わいを創出したい。

    三井不動産レジデンシャル株式会社 東北支店長
    伊藤 昇

  • 伊達家十八代当主 伊達 泰宗氏

    つねに豊かな歴史を
    感じられる。
    そのようなまちであって
    欲しいですね。

    伊達家十八代当主
    伊達 泰宗

  • 株式会社ヤナセ東北 代表取締役社長 山崎 弘行氏

    地下鉄東西線で、
    大町に新しい魅力が
    生まれると思います。

    株式会社ヤナセ東北 代表取締役社長
    山崎 弘行

豊かな自然環境に抱かれる大町は、“杜の都がはじまるまち”

榊原
いま仙台は、まちづくりの大きな局面を迎えていると思います。そこで、自然や歴史文化の側面から仙台の魅力を考えつつ、私たちが受け継ぐべきまちの個性について考えたいと思います。
伊達
西公園(約70m)

西公園(約70m)

私は成人するまで東京におりました。仙台に来て感じたのは四季の豊かさです。春夏秋冬の空気、風、暖かさ、涼しさ、寒さ。季節の移ろいを五感で感じられるのは驚きでした。日々、広瀬川沿いから青葉山にかけてと大町周辺を散歩しますが、その豊かさは今も変わりません。政宗公がこの地を選んだのも、豊かな自然が国づくりを支えると直感したからかもしれません。
山崎
私どもヤナセは昨年、創業100年を迎えました。全国に250の拠点を構えています。そして仙台で66年目の今年、長町に新しい店をオープンしましたが、それまではずっと大町を拠点にしていました。2階ショールームからの眺めは格別で、大橋を手前に見る青葉山の風景は特に素晴らしかった。窓を開けるといつも心地よい風に包まれました。ですから、いま伺った四季の豊かさは私も共感できます。
伊藤
広瀬川(約380m)

広瀬川(約380m)

私はそよぐ風に、仙台の根源的な魅力を感じます。真夏でも夕方になると風が涼しいんですね。いま多くの大都市では、気温調節が大きな問題になっています。東京を例にすると、昔は海からの風が内陸まで届いたけれど、現在はビル群によって風の恩恵が受けられなくなっている。ところが仙台には、広瀬川を介していつも心地良い風がある。それは政宗公の時代から変わらないでしょう。400年以上前と変わらぬ自然がまちの中心部にあり、その力を活用できることは、まちづくりの重要なリソースだと思います。
山崎
私どもにとって大町が特別なのは、歴史的な背景もあります。かつては御譜代町の筆頭で、米沢、岩出山、仙台と伊達家に従ってきた商人たちが住みました。そうした理由で城下町ではお城に最も近く、〝杜の都がはじまるまち〟とも言えるまちです。
 時を下ってからは、天文台、図書館、市民プールがありましたし、西公園はずっと市民の憩いの場です。お客さまの多くが大町周辺を特別な場所とし、それぞれ思い出の風景があるようですが、その中にはヤナセもあるとおっしゃいます。仙台の風景のワンピースになっていることは、私どもの一番の誇りです。そして、多くのお客さまから「大町からヤナセがなくなってはダメだ」という声をいただき、この地にもう一度ショールームを作ることにしました。それだけみなさまに愛されている場所なのだと感じています。

※伊東信雄 著書「仙台城下の御譜代町について」

多様な価値を取り入れ、独創の文化をつくる

榊原
4月、仙台・宮城の歴史文化遺産が「政宗が育んだ〝伊達〟な文化」として日本遺産に認定されました。では〝伊達〟な文化とはどんなものなのでしょうか。
伊達
政宗公は仙台を開く前に、長く都にいたことを忘れてはなりません。その間に公家や芸術家、文化人と交流し、学識と教養を磨きました。それを伊達家の歴史、さらに奥州が培ってきた伝統文化と融合させたのです。ただの物まねであったなら、桃山文化の再生で終わったでしょうが、政宗公は創意と工夫によって、「みちのく桃山文化」という独自の文化を築きました。
伊藤
現代社会では経済的指標が都市間の優劣を決めますが、昔は文化の成熟度合いが重要な基準だったと思います。政宗公は融合によって独自の文化を築きましたが、さまざまな価値を取り入れることが、領国の繁栄のためになると考えたからでしょうか。
伊達
そうだと思います。大崎八幡宮や瑞巌寺の建築、また料理の記録からもそうした意志が伺えます。伊達文化は、政宗公の見識と柔軟な発想によって発展したのです。
 そしてさらなる功績は、政宗公が国づくりのために招いた都の芸術家や職人たちの子孫が、後の元禄文化の担い手になっているということです。つまり、政宗公の庇護(ひご)がなければ江戸の文化も花開かなかった、とも言えるのです。
山崎
洒脱(しゃだつ)で新しいもの好き、政宗公はそんなイメージで捉えられがちですが、歴史や伝統を大切にすることでオンリーワンを追い求めたんですね。これからのまちづくりでも学ぶべき点は多いのではないでしょうか。

※大崎八幡宮(約2,900m)、瑞巌寺(約25km)

左:伊藤 昇氏
中央:伊達 泰宗氏
右:山崎 弘行氏
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