西船6丁目

現地周辺(約360m/徒歩5分)

Nishifuna6-chome

下総の国として江戸の頃から栄えた豊かな街

下総の国として江戸の頃から栄えた豊かな街

ターミナル駅として発展を続ける「西船橋」駅から一歩離れた住宅街「西船6丁目」。
本プロジェクトが誕生する駅「北口」エリアは、住むための住環境がバランスよく整った、
住居専用地域が広がり、穏やかで心地よい日常を享受できます。

航空写真

※《出典》船橋市ホームページより

※掲載の航空写真は、平成29年11月撮影の現地周辺の航空写真にCG処理を施したもので、実際とは異なります。また現地の光は物件の規模、高さ等を表現したものではありません。

駅前の利便に寄り添いながら、
穏やかな
住宅街に暮らす「西船橋」駅「北口」エリア。

ターミナル駅ならではの利便性を享受でき、活気溢れる駅前風景も広がる街「西船橋」。
本プロジェクトは、「西船橋」の便利さや発展する街の豊かさを手に入れながら、
落ち着いた環境に暮らせる住居専用地域が広がるエリアに誕生します。

  • 西船橋駅北口

    西船橋駅北口(約880m・徒歩11分)

  • 現地周辺の街並み

    現地周辺の街並み(約90m・徒歩2分)

徒歩3分の小学校をはじめ、

現地周辺に学校や教育施設が点在。

現地から、通学校の葛飾小学校へは徒歩3分。さらに通学路は大通りを渡る心配がありません。
また、小さなお子さまのいる共働きファミリーにうれしい保育園や幼稚園も充実。

  • 船橋市立葛飾小学校 〈約180m・徒歩3分〉

    船橋市立葛飾小学校〈約180m・徒歩3分〉

    明治25年に開校した歴史ある小学校。市の帰国児童受け入れ推進地域のセンター校で、帰国子女の教育にも積極的な伝統ある学校です。

    *《出典》船橋市ホームページより

  • 船橋市立葛飾中学校 〈約150m・徒歩2分〉

    船橋市立葛飾中学校〈約150m・徒歩2分〉

    創立70周年を超える中学校。平成20年から22年の3年間には全国学校合奏コンクール全国大会で最優秀賞を受賞するなどクラブ活動にも熱心な学校です。

    *《出典》船橋市ホームページより

保育園・幼稚園が充実

  • 市立西船保育園

    市立西船保育園

    約140m・徒歩2分船橋市西船6-1-24【開所時間】午前7時〜午後7時(土曜日:午前7時〜午後7時)

  • みそら保育園

    みそら保育園

    約550m・徒歩7分船橋市東中山2-1-20【開所時間】午前7時〜午後8時(土曜日:午前7時〜午後5時)

  • 印内保育園

    印内保育園

    約930m・徒歩12分
    船橋市印内2-2-31
    【開所時間】午前7時〜午後7時
    (土曜日:午前7時〜午後4時)

  • 葛飾幼稚園

    葛飾幼稚園

    約610m・徒歩8分
    船橋市西船4-16-4

落ち着いた環境の住居専用地域に位置。

穏やかな環境が保たれた住居専用地域。「西船橋」駅周辺の用途地域図を眺めてみると、
駅に近いエリアの住居専用地域は、「北口」にあることが分かります。
現地は、都市計画法において「中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域」と
規定される第一種中高層住居専用地域に位置しています。

用途地域図

交通の要衝として、
古くから人々に住み継がれてきた街。
歴史ある寺社や旧跡が点在する
西船橋駅北口エリア。

江戸時代には、江戸から成田山への参拝客が往来する宿場街として栄え、交通の要衝として発展した船橋。
「西船橋」駅北口界隈には時を超えた今も、寺社や旧跡が点在しており、その歴史を物語っています。

  • 今なお水を湛える古井葛戸 羅の井 約120m・徒歩2分
  • 船橋市唯一の大名家関連の墓成瀬氏の墓 約200m・徒歩3分

京成西船駅から徒歩8分ほど、民家が立ち並ぶ道から少し入ったところに「葛羅の井」はあります。現在はコンクリートで固められ、水も濁っていますが、水脈が富士山のふもとまで続いている、どんな日照りでも水が枯れないなど、さまざまな伝説が残っている井戸です。文化9年(1812)には、天明期を代表する文人の大田南畝が「葛羅之井」を揮毫し、この井戸を讃え、『下総の勝鹿 郷は栗原に隷す 神は瓊杵を祀る 地は醴泉を出す 豊姫の鑒する所 神龍の淵 大早にも涸れず 湛乎としてこれ円なり 名づけて葛羅と曰う 絶えざること綿綿たり』と詠みました。井戸の隣に立つ石碑にはその句が刻まれています。

現在の船橋市西部、旧葛飾町一帯はかつて栗原郷といわれ、江戸時代に大名成瀬氏の領地でありました。宝成寺にある成瀬氏の墓所は、市内で唯一の大名関係の墓です。成瀬正成は徳川家康の側近の一人で、天正18年(1590)に家康が関東に移封されるとすぐに栗原郷に4千石を与えられて大名に列しました。家康の9男義直が尾張徳川家を創設すると付家老として後見役に任ぜられ、元和3年(1617)に尾張犬山城主となりました。正成の死後、之成が栗原藩の 2代目となり、その後1歳の之虎が跡を継ぎましたが、之虎も寛永15年(1638)に5歳で夭折したため、栗原藩成瀬家は断絶しました。一方犬山の成瀬家は存続し、明治時代には子爵になり、子孫が犬山城を所有しました。宝成寺は江戸における成瀬家の菩提寺とされていたので、一族の墓の一部が営まれ、明治9年(1876)までの墓碑が残されています。また、墓地内には、之成とその殉死者3名の墓碑があります。殉死者を 副葬した大名の墓は非常に珍しいものです。

※《出典》船橋市ホームページより

三井不動産レジデンシャル 日立アーバンインベストメント
18.11.9
【事業計画変更のお知らせ】事業計画の変更により入居時期を変更いたします。[旧]2020年1月下旬予定 [新]2020年2月下旬予定
18.11.5
【予定販売価格/3890万円~6530万円】&【予定最多販売価格帯/4400万円台】(100万円単位、第1期2次以降に対応)
18.10.1
【モデルルーム&設備仕様ページ新たに追加!!】全邸70㎡超の開放的な家族空間!ぜひ足をお運びください!